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退職祝い
今年の夏、69才になる私の父がやっとこさ退職をする事を決意した。
ホントは一昨年あたりに、ここらでもう辞めようか?という感じになり、長年のお勤めが急に無くなったらボケるかも…何か生き甲斐をみつけてやらなければ…あ、そうだ、犬だ、犬を飼ってもらおう、と、私の「犬を迎える」という熱意に拍車がかかった訳だが、結局うららが家に来てその後、なんだかんだで退職はうやむやになってしまい、うららは毎朝仕事に出かけるおとたんをお見送りし、帰宅にはとびきりのお帰りダンスでお迎えを続け、父を喜ばせてくれていた。

常に働く事が生き甲斐だった父の決断。
私と妹は、父と母に心からの感謝のしるしとして、何か記念に残るイベントを計画する事にした。
2年前とは違い、犬のうららはもうすっかりうちの家族になっており、やはり犬も参加できるものがいいだろうなぁと考えてはいたのだが…。
まぁ~、大阪には、年寄りが個室で豪勢な食事を犬同伴で楽しめる所は見事に皆無。

さんざ考えて結局「てっちり食べまくり&夫婦でザ・リッツカールトンスイートルーム一泊。
そしてうららはお留守番。」に落ち着いてしまう。



うーはおるすばんだよ~。
おるすばん



退職した次の日の夕方、4人で出かける準備をしていると、おでかけを察知したうららが急に落ち着きがなくなり、皆の足元をうろちょろうろちょろしてせわしない。
母が父の着替えを旅行カバンに入れていると、その上からカバンの中に自ら入るうらら。
「いやっ!うーちゃん!お父さんの下着が汚れるから乗らんとって!」と母に怒られるも、キャリーバッグ訓練の思わぬ弊害か(カバンの中に入っていればちゃんと連れて行ってもらえるはず)と認識してしまっているらしく、カバンの口から首を出して、こちらを凝視しつつガンとして動かないうらら。
ちょっと可哀想になってきたが、ややこしいのでカバン犬はそのままにしてそれぞれの準備を続ける事にした。

準備も終わり、うららには「おるすばんだよ」とシッカリ言い聞かせるが、声にならない悲痛な声を出し、「ウァホッ!ウヒャホッ!ハヒャッ!ウワォオオオン(うーも行く~うーも行くの~~!)」と興奮しまくって必死で一緒に部屋を出ようとするので、なかなか出発する事ができない。
扉のところでうーを制止し、すなぎもジャーキーを節分の豆まき状態で部屋の奥にばらまき、ジャーキーに釣られてうららが走っていったスキに速攻扉を閉めた。あまりやりたくない手法だがしょうがない。条件反射的にジャーキーに反応したうららだったが、扉の音を聞くと「ああっ!」って感じで引き返してきていた。玄関から見ると、扉のスリガラスから大きな耳がぼんやりと映っていた。「くぅ~~~ん、きゅ~~~~ん。。」と鳴き声が聞こえるが、心を鬼にして玄関の戸を閉める。
「ごめんなうーぼん、ホテル、犬、あかんねんわ。すぐ帰るからね(大嘘)。」

父の車で梅田のリッツカールトンに4人で向かう。
とりあえずホテルの入口に車を横付けし、駆け寄ってきたドアマンに「駐車場はどこ?」と聞く父。
「お泊まりですか?」と聞かれたので、そうだと答えると、「駐車場はセルフのものが外にもありますが、こちらでお預かりする事もできます。」との事。父はすぐさま「ふーん、ほんじゃぁ、そうしてもらおっかな。」と答え、わらわらと4人で車を降りる事になった。
リッツカールトンには、入口でエンジンかけたまま車を降り、あとはドアマンに任せてホテルイン出来るこの「バレーパーキング」なるものがあるとは聞いていたが、すんなりそんな事になるとは思わなかったので絶句する私と妹。そしてバレーパーキングの車はほとんど入口付近に停められており、ここはヤナセのショールームか?と見違う光景が広がっていた。
何の準備もなくいきなり車を降りる事になったため、急いで荷物を出したりしていたのだが、母がハンガーにかけたままのジャケットを車から出しているのが目の端に映り、ちょっと気になった。
ロビーに入ったとたん、そのただならぬ重厚感に戸惑いを感じたのか、「こっ、ここなんていうとこやった?」と私に聞きながら、気もそぞろにハンガーからジャケットを外し、なぜかハンガーを私に手渡す母。
ハンガーだけ渡されても。リッツカールトンのロビーで。


しかも青いハリガネ製。


チェックインがちょっと手間取っているらしいので、父母にはロビー奥のソファにでも座っていてもらおうと、
青いハリガネハンガーを持ったまま、ソファのある所に案内する私。
間もなく妹と荷物運びのお兄さんんがやってきて、やっとエレベータで部屋へ移動する。

一応父と母には高級ホテルに泊まるという事は伝えてあったのだが、高級ホテルステイなど経験の無い両親、ホテルのただならぬ重厚感にすっかり気押されていたようだ。
私達姉妹も一緒に部屋へ行き、ちゃっかりウェルカムドリンクなんかももらっちゃったりして、部屋の使い方等を説明して回る。
放っとくと母がバスローブまで持って帰ってきてしまう恐れがあるためアメニティ関連の説明は念入りに。


てっちり

その後、新地に向かい、父の大好物「てっちり」をこれまた4人で堪能。
父はあまり食に執着のないタイプだが、てっちりだけは、食べながら涙を流すほどに好きなのだった。

20070917134334.jpg

てっちりを堪能しまくった後、ホテルに戻り、用意をしてもらっていたシャンパンで乾杯。
記念日という事を伝えると、ホテル側からフルーツのプレゼントをして頂き感動。


夜もふけてきたので、私と妹はうーの待つ家へと電車で帰る。
帰る途中、梅田駅の改札を通る時、お留守番のうららの事を急に思い出したのか、いきなり「うーこぼ。。」と呟く妹。超意味不明。
いねむり

ふっ、と可哀想に思ったのだろうか。どうせずっと寝ているにきまっているだのに。

うららは基本的に外でうんこをする事が出来ないので、お出かけ前には必ずさせてから行くようにしている為、留守番をさせると、「うんこしたら連れて行ってくれる」と思うのか、大抵おトイレにうんこをして待っている。
この日の深夜、私と妹が帰ると素晴らしいテンションでのお帰りダンスを披露してくれた訳だが、おトイレには3回分とも思えるほどの量のうんこが盛られていた。その大量のブツを見ているとなんだかとても不憫になり、翌日のお迎えにはうららも一緒に連れて行ってあげる事にした。

次の日、12時のチェックアウトにあわせ、うららを連れて梅田へタクシーで向かい、
両親をお迎えする。ホテルには犬は入れないので、妹がチェックアウトの手続きをする間、私とうーはホテル横のビルのテラスで待機する。
待つうー

「まだかなぁ。」

出口から出て来た母を見るやいなや、カートから飛び出して母のもとへ駆け寄るうらら。
車を出して出口で待っていた父も「おお!うーたん!」と嬉しそうに走ってきたうららを抱っこする。
てっちりの旨さも高級ホテルでのくつろぎも吹っ飛ぶくらい、それが両親には一番嬉しい事だったかもしれない。犬を飼って本当に良かったとつくづく思った。

せっかく梅田に出て来たので、近くにある犬同伴OKのお店でランチを食べる事にする。
カフェ プレイズナイス

カフェ

ここは犬も入れてもらえるけれど、ドッグカフェではないので、基本犬メニューはない。(水はくれる)が、お店の方々も犬がお好きなようで、とても親切にしていただき、犬の写真を撮って飾ってくれるので記念日にぴったりだった。

そわそわうー

人間が昼飯を食べている間、おこぼれをもらおうと必死で立ち回るうららだったが、
誰にも何ももらえず、気が付くと、

すねうー

こんな事になり

ぶりぶりうー

帰る頃にはこんなんなった。


少々自己中に育ってしまった感があるのは否めないが、
うららのおかげで、とっても楽しい退職祝いの記念となった。


そして現在、父は早朝5時からうららの散歩に励む毎日。
そしてうららは父のストーカーと化している。
無理から

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る犬うららはじめての九州その3
おとたんじじたん

「あっちのほうにうーのおとたんとじじたん(犬)がいるの。。」
北九州のおばの家を出て車を飛ばす事1時間半、分家の叔父の家で他の親戚と合流待ち。
ここから車で20分くらいのところにうららの父犬と祖父犬が暮らす犬舎「VIVID TREASURE JP」があるので、この期にぜひとも訪問しようと思っていたのだが、時間的に難しく断念した。次の機会にはぜひ伺いたい。


A美とうー

法事の食事会へ近くのグリンピア施設へ行くも、お座敷に犬はNGの為、うーとハウ、いとこたち数人は早々に食事をすませ外のテラスへ移動。
うーを抱いているのはいとこのA美なのだが、それこそ20年以上前、私は写真のうーのように小さかったA美をこのように抱っこしていた。時の流れは恐ろしいと思いながら撮った一枚。


川が。。

私達が小さい頃から水遊びを楽しんだ川。田舎の家の真下にあり、昔は浅瀬になっていて、私ら子供がこの川で遊ぶ間、大きな石の上でばあちゃんが洗濯をしながら見守ってくれていたものだった。
2年ほど前の台風のせいで、水遊びが出来ない地形になってしまっていた。


地鶏屋

分家の叔父の家から車でしばらくけもの道を走ったところにある、バンガロー風の炭火焼き鳥屋で昼食。これがもうしばらく忘れられないほどの絶品! 
そしてうららとハウはというと。。


に、肉ばくれんの

この店には黒ラブが放し飼いでうろついていて、店の方も犬が大好きらしく店内のテラスに入れてもらえた。ほかほかでじゅーしーな焼き鳥を皆と一緒に食べさせてあげる事ができた。食の細いハウも焼き鳥は美味しそうに食べる。
しばらく焼き鳥と生ビールに舌鼓を打っていたところ、また分家の叔母に「うららちゃんな、うんちばしよらすけんが、よかと~?」と報告を受け、あわててテラスへ向かい処理する。
猫のフードばっかり食べていたのでものすごいものがあった。。


帰りの新幹線

帰りはまた私と妹で電車の旅になるため、最寄りの駅JR羽犬塚駅よりまた手荷物の申請をする。JRの在来線から新幹線に乗り換えでも、JR圏内なので新大阪まで手荷物切符一枚で済んだ。窓口の人は気配を察したのか「ペットですか?」と聞いてきて、そうですと言うと、新大阪で発行された普通の手回り品切符とは違い、犬の絵付きで、マナーを守りましょうなどの注意書きが書かれた「ペットカード」という切符を発行された。


放心うらら

夜9時すぎにやっとこさ帰宅。
2日半の強行軍の間、一度も吠えなかったうー。
家に帰ったとたん崩れるように眠りこけるうー。
焼き鳥でお腹ぽんぽこりんのうー。
当然夜飯抜き。


なんだかんだでばあちゃんは元気です。
帰りぎわ、また泣き顔で「よくきたね。またね。ばいばいね。」と言ってうららをナデナデしてくれました。
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いじわる犬うららはじめての九州その2
私の母方の祖母は85才。お茶で有名な福岡県の八女というところに住んでいる。
大平洋戦争で鉄砲の玉にあたっても死ななかった身も心も屈強な祖父は、絶対100まで生きると周りも本人も思っていたのに、3年前、若い人がかかる種類のガンで、あっけなく逝ってしまった。
私が小さい頃の祖母は優しくて、超ワンマンな祖父にかしずきながら、畑を耕し、夜なべをし、「新幹線で食べるとよか。」と早朝からあんこをプスプス煮て、私達が大阪へ帰る時には必ずお土産のあんこもちなどを持たせてくれた。帰りの博多駅のホームで、動く車窓から、涙を流して手を振り見送ってくれた祖母の姿を今でも思い出す。
そんな祖母は、最近は老人性の鬱になってしまい、自主的に動く事をしなくなり、回りの人間を少々困らせたりしている。

北九州のおば一家(+チワワのハウ)ときる家(+フレブルうらら)が田舎の家に到着した。
はじめて訪れる家にもかかわらず、何故か着くなり台所兼茶の間にドタスカ直行するうららとその尻を追い掛けるハウ。まもなく法事がはじまるので、親戚たちが次々と集まり、ひさしぶりに交わす挨拶など、あわただしい空気が流れる中、教えもしないのに茶の間にテッテケテと行くうららが心配になりその後を追うと、その家の飼い猫(ジョン、メス、2歳くらい)がシャーシャー警戒して毛を立たせているのに、うららは平然と茶の間を徘徊していた。なぜか茶の間にいそいそと足しげく通ううーが不思議だったが、その謎は翌日あきらかとなる。
そんな厚顔無恥なうららにジョンは早々に退散を決めたらしく、それっきりなかなかその姿を見せてくれなかった。
その後も、テケテケ歩くうーとその後ろ(尻)にくっついて歩くハウの電車ごっこが家のあちこちで見られ、談笑する親戚達の間を何の違和感もなく横切っていく頃には、祖父の三回忌の風物詩となっていた感さえある。うららもハウも吠えたり騒いだりという事は全くなかったので、親戚たちには「赤子のごた、おとなしかね~」「力士の高見盛に似とる」などとおおむね好評(?)の声を頂き、おば一家も私らも一安心。

夜の宴会の後、皆の布団を列ねて敷き、うららは私の枕元に、ハウはいとこのA美の枕元に、お揃いのカドラーを置き、それに丸くなって皆と一緒に寝ていた。
ぐっすりと寝静まった真夜中、いきなり大声が広間に響き渡った。

「みんな ねとるのぉ~!?」

広間で寝ていた全ての人間が飛び起き、声のする方を見ると、部屋の入り口のほうにぼうぅっと人影が。
それはばあちゃんだった。
普段は台所の奥にある部屋からなかなか出てこないのに、その時は手押し車を押してはいたが、しっかりと立ってよく通る声で突然そう言い放ったのだった。
枕元のA美を守るためなのか、ばあちゃんのほうに向かって必死で吠えたてるハウの声が響く中、母と叔母が「皆寝とるよ~!どげんしたと!?」と言うと、ばあちゃんは「台所の電気がついとるから。。」などとムニャムニャ言いながら立ち去っていった。
ハウもやっと鳴きやみ、「何だったんだ今のは。やっぱばあちゃんボケちゃってるんかな。」と、悶々としながら再びそれぞれが眠りにつき直し、ちょうど一時間くらい経った頃、またもや

「みな ねとるのぉ~~!?」

吠えるハウ。
今度はさすがに母と叔母達が起き出して、手押し車につかまり仁王立ちのばあちゃんのところにあわてて向かう。
そしてハウをなだめる為に電気をつけて起きた私の目の前には、のし餅状態の我が犬が。

のし餅


犬って、やっぱハウみたいに、非常事態には飼い主を守ろうと吠えたりして警戒するのでないの?
それともこののし餅状の物体はもしかして犬でない?
もしかして一度眠ったらなかなか起きない「イネムリブーゴン」とかいうちっちゃい怪獣なのかも。。
情けなさと可笑しさと溢れる疑問でしばらく寝られなかった。
この騒ぎで全く起きなかったのは、うららイネムリブーゴンと、枕元のハウに守られたいとこのA美だけ。


次の日、分家の叔母が、「うららちゃんな、猫のエサば食べよらすけんが、よかと~?」と私に言ってくれ、前日から異様に茶の間へ通ううららへの謎が解明した。
猫は犬と違い、好きな時にちょこちょことエサを食べるらしく、常にエサ入れにフードが入れてあるのだが、それをずっとうららは平らげていたらしい。
「うちのうららちっちゃい怪獣がホンマにアホな事でどーもすんません。」と、飼い主の朝ご飯のシャケを半分献上し、ジョンにお詫び申し上げた事は言うまでもない。


ジョン

うーにごはんを奪われ続けた田舎の家の飼い猫ジョン。
近くの山で母猫が子猫を産み、ジョンだけが生き残っていたのをいとこが見つけて拾ってきたらしい。 
このあたりは母が小さい時から猫が多かったらしく、言い伝えでは「野猫も飼い猫も死期が近付くと、山奥の猫塚とよばれる場所へ自ら行き人目を避けて亡くなる」といわれていたような地域だったが、最近は野猫問題への意識も高くなったのか、ジョンもすでに避妊をすませているとのこと。


今回の旅の詳細はその3に続く。 


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